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静岡地方裁判所 昭和45年(ワ)334号 判決 1974年5月31日

主文

被告不二タクシー株式会社及び被告講神正利は連帯して原告に対し金五五八万二、二二九円及びこれに対する昭和四五年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告勝見照子、同勝見吉文及び同勝見尚子は被告不二タクシー株式会社及び被告講神正利と連帯して各金一八六万〇、七四三円及びこれに対する昭和四五年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告狩野欣之介に対する請求及び被告不二タクシー株式会社、同講神正利、同勝見照子、同勝見尚子及び同勝見吉文に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一五分し、その一を被告不二タクシー株式会社、同講神正利、同勝見照子、同勝見尚子及び同勝見吉文の連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

被告不二タクシー株式会社(以下被告会社という)、被告狩野及び被告講神は連帯して原告に対し六、四〇〇万円及び内八五〇万円に対する昭和四五年九月二五日から、内五、五五〇万円に対する昭和四九年五月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告勝見照子、同勝見尚子及び同勝見吉文(以下被告照子、同尚子及び同吉文という)は被告会社、被告狩野及び被告講神と連帯して原告に対し各二、一三三万三、三三三円及び内二八三万三、三三三円に対する昭和四五年九月二五日から内一、八五〇万円に対する昭和四九年五月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言

二  被告等

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張とこれに対する答弁

一  請求原因

1  本件交通事故

訴外亡勝見象次郎(以下亡象次郎という)は昭和四二年九月六日午後一〇時二〇分頃その保有にかかる普通乗用車静5に二一五六号(以下第一被告車という)を運転し静岡市北安東一八二番地先の交通整理の行われていない交差点を西から東に向つて進行中、折柄右交差点を南から北に向つて進行中の被告講神運転の普通乗用車タクシー静5い二五六六号(以下第二被告車という)と出合頭に衝突し、その衝撃により第二被告車に客として乗車していた原告に対し傷害を与えた。

2  責任原因

(一) 過失の態様

本件交通事故は被告講神及び亡象次郎の左記過失に基づき発生したものである。

即ち本件交通事故現場の交差点は交通整理が行われておらず、且つ、南から西の見透しが極めて悪いにもかかわらず亡象次郎及び被告講神は業務上必要な側方に対する注意義務を怠り時速約四五粁で右交差点を通過しようとした過失に基づき発生した。

(二) 被告会社

被告会社はタクシー業を目的とする株式会社で第二被告車を保有し、これを運行の用に供していたものであり、被告講神をタクシー運転手として雇傭し、同被告が被告会社の業務執行中に前記過失により本件交通事故が発生したのであるから、自賠法三条、民法七一五条、七〇九条に基づき本件交通事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告狩野

同被告は被告会社の代表取締役であつて被告会社に代つてその業務を監督する立場にある者であるから民法七一五条二項、七〇九条により原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

(四) 被告講神及び亡象次郎は前記のとおり民法七〇九条七一九条の共同不法行為者として連帯して原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき責任があるところ亡象次郎は昭和四三年一月二一日死亡し、その妻被告照子及びその子である被告吉文と被告尚子が各三分の一の割合で亡象次郎の債権債務を承継した。

3  傷害の部位及び治療経過等

(一) 原告は本件交通事故により左記傷害を負つた。

左大腿骨転子間粉砕骨折、左鎖骨骨折兼左肩鎖関節亜脱臼、頭部外傷兼頭部挫創、頸部挫創、左前腕右手背挫創、腰部腹部胸部打僕、右視力減弱、頸椎鞭打ち損傷、左大腿骨骨折後骨髄炎後遺症

(二) 原告は右傷害の治療のため国立静岡病院に昭和四二年九月六日から同四三年三月二六日までと静岡市立病院に同年一〇月一日から同年一一月一一日までの間入院し、右入院期間を除き、昭和四三年三月二七日から同年九月九日まで国立静岡病院に、同年一一月一二日から昭和四四年四月一五日までの間静岡市立病院に各通院した。

(三) 前記傷害は原告に左記後遺症を残した。

左大腿骨変形、左股関節及膝関節機能障害増強(労働者災害補償保険―以下労災保険と略称する―第一〇級)

頸椎鞭打ち損傷後遺症、頭痛頂部痛、肩から腕の疼痛、倦怠感等(労災保険一二級)

左肩鎖関節変形及局所の疼痛(労災保険一四級)

頭部外傷後遺症として複視及び視力低下(労災保険一二級)

以上総合して労災保険一〇級に該当する。

4  損害

(一) 原告は本件事故に遭つた当時三七才の医師で国立静岡病院整形外科医長を勤め医学博士の肩書を有していた。

(二) 治療費関係 五四万二、一〇九円

(イ) 市立静岡病院の入院費及び診療費 三九万四、四七九円

(ロ) 右入院中の付添看護料 五万二、八八〇円

(ハ) 入通院のための交通費 二万〇、九五〇円

(ニ) 入院諸雑費 七万三、八〇〇円

入院二四六日間、一日三〇〇円として計算した。

(三) 休業損害 八四万〇、一二〇円

原告は前記のとおり本件交通事故当時国立静岡病院に整形外科医長として勤め、右事故にあわなければ前記休業期間の昭和四二年九月六日から同四四年四月一五日までの間に甲第二、三号証記載のとおり三五二万六、六九五円の給与等収入があるはずであつたが、現実には二六八万六、五七五円を支給されたにとどまつたのでその差額八四万〇、一二〇円の得べかりし利益を失つた。

(四) 逸失利益

原告は昭和四八年七月三一日付で国立静岡病院整形外科医長を退職し同年八月一日静岡市北安東四丁目五番三二号において整形外科医院を開業し、該開業後から同年一二月三一日までの間甲第二〇号証の一、第二〇号証の二の一ないし三、第二一号証の記載のとおり三、二七〇万八、七五六円(但し保険収入二、七九〇万八、二三七円、自由診療収入四八〇万〇、五一九円の合計)の診療収入を得た。

ところで原告は前記後遺症によりその労働能力の二七%を喪失しているから、もし原告が本件交通事故にあわず後遺症の負担がなければその診療収入は四、四八〇万六、五一四円(保険収入三、八二三万〇、四六一円、自由診療収入六五七万六、〇五三円の合計)になつたはずである。従つて原告は前記後遺症により昭和四八年八月一日から同年一二月三一日までの五ケ月間に差引き一、二〇九万七、七六三円(保険収入一、〇三二万二、二二九円、自由診療収入一七七万五、五三四円の合計)の診療収入を失つたことになる。右診療収入に対する所得率は保険収入が二八%、自由診療が四二・九%であるから、これに基づいて右五ケ月間の逸失利益を計算すると三六五万一、九二六円、一ケ月平均七三万〇、三八五円となる。右開業時の原告の年令は四四才でその推定余命は二九・八三年である。原告は整形外科医として少くとも六三才までは就労可能であるからその残存稼動年数は一九年で、ホフマン式係数は一三・一一六である。以上の数字を前提として原告の本件交通事故による損害を計算すると次のとおり一億一、四九五万六、七五五円とする。

1ケ月の逸失利益

(730.385円×12ケ月)×13.116=11.4956755円

(五) 慰藉料 二〇〇万円

入通院に対する慰藉料一〇〇万円、前記後遺症に対する慰藉料一〇〇万円として計算した。

(六) 弁護士費用 一、〇〇〇万円

原告は原告訴訟代理人に本訴の追行を委任し、弁護士費用として一、〇〇〇万円を支払う旨を約した。

5  結論

よつて原告は本件交通事故による損害賠償として一億二、六三三万八、九八四円の請求権を有するところ、被告会社は右損害賠償債務の内金として三〇万円を弁済したので、これを控除すると一億二、六〇三万八、九八四円となるので内金六、四〇〇万円につき次の判決を求める。

原告に対し被告会社、被告狩野及び同講神は連帯して六、四〇〇万円及び内八五〇万円に対する本訴状送達の翌日である昭和四五年九月二五日から、内五、五五〇万円に対する請求拡張申立書陳述の翌日である昭和四九年五月一七日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告照子、同尚子及び同吉文は被告会社、被告狩野及び同講神と連帯して各二、一三三万三、三三三円及び内二八三万三、三三三円に対する昭和四五年九月二五日から内一、八五〇万円に対する右昭和四九年五月一七日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払え。

二  請求原因に対する被告等の答弁及び主張

1  被告会社、被告狩野及び同講神

(一) 請求原因第1項は認める。同2項(一)は不知、同項(二)のうち本件交通事故が被告講神の過失に基づき発生したこと、被告会社に民法七一五条、被告講神に同法七〇九条による損害賠償責任あることは争うも、その余は認める。同項(三)は否認する。同項(四)は不知、第3項は不知、第4項は争う。第5項のうち被告会社が原告に対し三〇万円を弁済したことは認めるも、その余は争う。

(二) 被告狩野は被告会社の代表取締役であるが、具体的実質的に被告会社に代つて被用者である被告講神の事業の執行を監督する地位にないから被告狩野に対する原告の民法七一五条二項の損害賠償請求は失当である。

(三) 原告はその主張の後遺症により労働能力が二七%低下したことを前提として過失利益の計算をしているが仮に原告にそのような後遺症があつたとしも、医師としての労働能力は低下しておらず、又仮に労働能力の低下があつたとしても、現実にこれに基づく減収がないから原告の逸失利益の請求は失当である。

2  被告照子、同尚子及び同吉文

請求原因第1項は認める。同2項(一)のうち本件交通事故が亡象次郎の過失に基づき発生したことは争う。その余は不知。同項(四)のうち亡象次郎が昭和四三年一月二一日死亡し、その妻被告照子及びその子被告尚子と吉文が各三分の一の割合で亡象次郎を相続したことは認める。その余は争う。同第3項は不知。同第4項は争う。同第5項のうち被告会社が損害賠償債務内金として三〇万円を弁済したことは不知。その余は争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件交通事故

請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。右事実に〔証拠略〕を総合すると請求原因第2項(一)の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば本件交通事故は亡象次郎が第一被告車を被告講神が第二被告車を運転して右事故現場の見透しの悪い交差点を通過するに当り業務上必要な側方に対する注意義務を怠り、且つ一時停止或は徐行しなかつた過失の競合により発生したものと認めるのが相当である。

二  責任原因

1  被告会社

被告会社が第二被告車を保有し、これを運行の用に供していたこと、被告講神は被告会社に運転手として雇傭されその業務執行中本件交通事故に遭遇したことは当事者間に争いがなく、本件交通事故は被告講神の過失にも起因するから被告会社は自賠法三条、民法七一五条、七〇九条に基づき原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

2  被告狩野

同被告が被告会社の代表取締役であることは争いがない。しかしながら民法七一五条二項にいわゆる「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」とは客観的に観察して実際上現実に使用者に代つて事業を監督する地位にあるものをいい(昭和三五年四月一四日最高裁判決、民集一四巻五号八六三頁以下参照)単に株式会社の代表取締役であることをもつて当然には同法七一五条二項の監督者とは言えないところ、被告狩野が右の地位にあることについて何等具体的な主張立証がないから原告の被告狩野に対する本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく失当である。

3  被告講神、同照子、同同吉文及び同尚子

前記認定事実によれば被告講神及び亡象次郎は民法七〇九条、七一九条の共同不法行為者として連帯して本件交通事故による損害を賠償すべき義務あるところ、亡象次郎が昭和四三年一月二一日死亡し、その妻被告照子及びその子の被告吉文及び被告尚子が各三分の一の割合で同訴外人を相続したことは争いがないから、被告照子、同吉文及び同尚子は各三分の一の割合で亡象次郎から承継した右損害賠償債務を支払う責任がある。

三  損害

1  傷害の部位及び治療経過並びに後遺症

〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。

原告は本件交通事故により左大腿骨転子間骨折、左鎖骨骨折、左肩鎖関節亜脱臼、頭部、左前腕右手背挫創、腰部腹部、胸部打僕の傷害を負い昭和四二年九月六日国立静岡病院に入院し昭和四三年三月二六日退院した。その後同年八月二六日頃右病院の整形外科医長として勤務についたがまもなく左大腿部痛を生じ、レントゲン検査の結果骨髄炎が左大腿骨骨幹部に認められたので、静岡市立病院整形外科に昭和四三年一〇月一日より入院し、手術療法として病巣掻爬術を受け同年一一月一一日退院した。その後翌四四年一月一二日まで自宅で療養し、同月一三日から国立静岡病院に出勤し、後記認定のような自覚症状及び他覚症状があつたが、特に右病院を休むことなく平常に勤務を続け、昭和四八年七月三一日右病院を退職し、翌八月一日から静岡市北安東四丁目五番二三号に古川整形外科病院を開業し、その後は昭和四九年五月一六日現在まで右病院において午前九時から午後七時頃までの間一〇〇ないし一一〇人の患者を診察し、手術もし、昭和四八年八月一日から同年一二月三一日までの間保険及び自由診療を合せて合計三、二七〇万八、七五六円の診療収入を得ている。原告の前記骨折等の傷害は昭和四四年九月一八日、前記骨髄炎は同年四月一五日治癒したが、昭和四八年五月現在次のような自覚症状、即ち頭重感、左肩関節部の自発痛及び倦怠感、左上前腕から小指などの尺骨側のシビレ感及び疼痛、左股関節の運動障害と左股関節部及び左大腿部の疼痛、右眼の疲労感があるが、右自覚症状のうち次の左股関節、左大腿部の運動障害以外はこれを他覚的に証明することはできない。原告の右左股関節の運動障害は左股関節が約六〇度外旋・約四〇度外転、軽度屈曲位にあり可動域は〇度であり、左膝関節は伸度一八〇度屈曲八〇度で可動域は約一〇〇度であり、左脛骨は後方に亜脱臼位にあり反張膝を呈し、左足関節は背屈約八五度、座屈約一五〇度で可動域は約六五度で下肢長の機能的差は右下肢が左下肢より約八センチ長い。右のような運動障害のため原告は左股関節強直の状態にあり左足の靴下、靴をはくのがむずかしく、又寝台車の梯子段を登ることができないのでその中、上段を使用することができず、又長時間の手術に従事するのが困難な状態にある。原告は九才の時左大腿骨骨髄炎及び化膿性股関節炎に罹患し、自宅療養を約一年六ケ月行つて治癒し、左股関節の強直、左反張膝などの障害を残し、そのため左股関節は本件交通事故前から骨性強直し、可動域は零であつたが、本件交通事故による前記外傷が加わつたため、その外旋・短縮が幾分増強され、事故以前“慣れ”により比較的機能的に良肢位を保つていたものが不良化し、事故以前までの労働能力に低下が生じたものと考えられるが、これを数量的に表示することは不可能である。原告が本件交通事故後に罹患した骨髄炎は本件交通事故による骨折等の外傷が直接の原因ではないが、右外傷後長期の臥床により体力が衰えていた後に勤務に復帰し、病巣のある左大腿部の負担が大となりそれが誘因となつて少年期に患つた骨髄炎が再発したと認められ、その間の因果関係を否定することはできない。静岡労災病院整形外科医師佐藤正泰は原告の前記後遺症を労災補償身体障害等級表準用第一〇級程度の障害が加重されたと診断している。

以上認定に反する甲第一二号証及び原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照して採用できず他にこれを覆すに足る証拠はない。

2  損害

(一)  治療費関係 三九万四、四七九円

〔証拠略〕を総合すると原告は市立静岡病院の入院費及び診療費として三九万四、四七九円を支払つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  右入院中の付添看護料 五万二、八八〇円

〔証拠略〕を総合すると原告は市立静岡病院に入院中の付添看護料として五万二、八八〇円を支払つたことが認められる。

(三)  入通院交通費 二万〇、九五〇円

〔証拠略〕を総合すると原告は前記国立静岡病院及び市立静岡病院に入通院するための交通費として二万〇、九五〇円を支出したことが認められ右認定を覆すに足る証拠はない。

(四)  入院雑費 七万三、八〇〇円

〔証拠略〕を総合すると、原告は国立静岡病院及び市立静岡病院に通算約二四六日入院している間少くとも一日三〇〇円の入院雑費を支出したことが認められる。

(五)  休業損害 八四万〇、一二〇円

〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故当時国立静岡病院に整形外科医長として勤め本件交通事故にあわなければ、昭和四二年九月六日から同四四年四月一五日までの間三五二万六、六九五円の給料等の収入があるはずであつたが、前記入通院及び自宅療養のため勤め先を休んだので現実には諸手当等を除く本給二六八万六、五七五円が支給されたにとどまり、その差額八四万〇、一二〇円の得べかりし利益を失つたことが認められ右認定を覆すに足る証拠はない。

(六)  逸失利益

前記認定のとおり原告は昭和四八年七月三一日国立静岡病院を退職し翌八月一日から静岡市内において個人で整形外科医院を開業し、同年中に三、二七〇万八、七五六円の診療収入を得ているところ、原告は前記後遺症により労働能力が二七%喪失しているので、本件交通事故にあわなければ右診療収入の二七%増の収入があつたはずであるとして、右昭和四八年八月一日から一九年間の逸失利益を請求しているが、右逸失利益の請求は次の理由で失当である。即ち、〔証拠略〕を総合すると原告の前記開業による診療収入は整形外科医の平均収入を上廻つており、原告には実際に減収が生じていないものと認められる。もつとも本件交通事故による外傷のため原告の左股関節左膝関節等の運動障害が幾分増強され、その労働能力が低下したことは否定できないが、これを数量的に表示することは不可能であり、現に原告が前記のとおり午前九時から午後七時頃までの間約一〇〇ないし一一〇人の患者を診察し、手術もし、開業後五ケ月間で三、二七〇万八、七五六円もの診療収入を得ていることから見ると、前記労働能力低下は原告が整形外科医としての業務を遂行するについて殆んど影響のないものと認めるのが相当である。

(七)  慰藉料 四〇〇万円

本件事故の態様及び前記受傷の部位、治療経過及び後遺症並びに次の事実を総合すると原告の慰藉料は四〇〇万円が相当である。即ち証人佐藤卓次、古川静枝の各証言に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和三三年三月長崎大学医学部を卒業し、同大学に残つて同三五年三月博士号をとり、同三八年四月国立大村病院整形外科に医師として勤め、同三九年四月国立静岡病院に整形外科を新設するに当たり特にこわれて同病院に転勤し、翌四〇年六月から同病院の整形外科医長として一人で入院患者四一、二名、外来患者七、八〇名の診療に当り、その他土、日には静岡市内の個人医院等にアルバイトに行き一ケ月五、六万円の副収入を得ていたが、本件交通事故に合つた後は一時右のアルバイトが出来ず、一ケ月五、六万円の減収となつた、原告は昭和四一年頃から静岡市内で整形外科医院を開業する計画を立てその敷地を物色していたが、本件交通事故のためその計画は中止された、その後国立静岡病院を退院し軽快となつた昭和四三年五月頃取引のある焼津信用金庫に四、五〇〇万円の開業資金の融資申込みをし、同年九月下旬頃内一、〇〇〇万円が融資されたが、前記骨髄炎の再発により開業が困難となつたため、翌四四年一月三〇日頃右一、〇〇〇万円を利息七万七、〇〇〇円を付して右金庫に返済せざるを得なかつた。原告が昭和四四年一月一三日国立静岡病院に出勤するようになり同四八年七月三一日同病院を退職するまで、前記後遺症の故に月給が減給になつたことはなく、又昇給にも影響がなく、同年八月一日開業後も実際には減収が生じていないが、それは原告の意思と努力により填補されているためであることが推認され、以上認定を覆すに足る証拠はない。

(八)  弁護士費用

前記認定の諸般の事情を総合すると本訴の弁護士費用は五〇万円が相当である。

(九)  結論及び控除分

以上の次第で原告は本件交通事故による損害賠償として五八八万二、二二九円の請求権を有するところ、被告会社が右損害賠償債務の内金として三〇万円を弁済したことは当事者間に争いがないからこれを控除すると五五八万二、二二九円となる。

四  以上の次第で原告の本訴請求は被告会社及び被告講神に対し連帯して五五八万二、二二九円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四五年九月二五日から各支払済みでまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告照子、同尚子及び同吉文に対し被告会社、被告講神と連帯して各一八六万〇、七四三円及びこれに対する右昭和四五年九月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり右被告等に対するその余の請求並びに被告狩野に対する請求は失当であるからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 元吉麗子)

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